「食べたくないの」 八十代の女性患者は目を伏せがちにつぶやいた。 かつて勤務医だった頃、朝の回診でこう訴える方がたくさんいた。 介助して食べさせてあげようとしても、口を閉じる。涙目なる患者さんも。 寝ている横にしゃがみ「何か食べたいもの、ある?」と聞くと「ううん」と首を横に振る。 看護師長に「昨夜の食事の量は?」と聞くと「ほとんど食べてないんです」今朝も数口。特に悪い症状もない。「減塩食だもんなぁ」 と思いつつ、ここ数か月の血圧の推移を見ると、血圧は正常値で安定している。 そういう時私の使う手は「すじこ、たらこ、ニシンのきりこみ」ちょっと塩気のあるものを少量、おかゆの上に乗せる。白いおかゆの上にぱっと紅が映える。「あら!こんな珍しいもの」と急に目に力が出て、布団の下に隠れていた右手がゆっくりとスプーンに伸びる。そして一口。顔がほころぶ。 「おいしい?」と聞くと、首を縦に振ってくれた。 午後になって「例の患者さん、ごはんどのくらい食べた?」と看護師長に尋ねたら、「それが全部食べてくれたんですよ!」 のりの佃煮、ねり梅は病院でも出る。 だけど北国育ちでこの年代だと、この手の塩気のあるものをたまには食べたいんじゃないかと思う。ダントツに人気あったのが すじこ!どれがいい~?って見せてみると迷わずすじこだったなー、でも、ご家族、親せきの方々は主治医にうかがってからにしてくださいね。
処方箋はすじこ